今から数年前の出来事です。ある日、夕飯の支度をしていたら電話が鳴りました。受話器を取ってみると、相手は実家の母からでした――。
「またお兄ちゃんの様子がおかしいから、見に来てやって欲しい……」
私は現在、夫と子供と家族で暮らしていて、実家には私の兄と両親が住んでいます。この私の兄というのが、霊的なモノを見ることも感じることも出来ませんが、何故だか非常に憑かれやすい体質なのです。
今までも何度か憑かれた事があって、色々と大変な思いをしています。
この電話を受けた時点で、今回の兄の事は私の手に負えるかどうか判りませんでした。話を聞いただけで動悸が激しくなり、脂汗も止まらなくなったからです。
とにかく母が来て欲しいとせがむのです。仕方なく私が大切にしている御守を子供に渡して、それを肌身離さず持っている様に伝えて、それから夫と3人で実家に向かう事にしました――。
実家に到着して実際に兄と対面すると、やたらと顔色が悪いし、ずっと俯いている状態でした。
その姿を見ていると突然頭の中に「実家の近所のダム」と「髪が異様に長く、顔が見えないずぶ濡れの女」の2つのイメージが、交互に流れ込んできたのです――。
「原因はこの女か?」
そう考えて、まずは家の中をくまなく浄化する様に廻り、脱衣所と浴室の鏡が合わせ鏡になっているので、そこを特に念入りに浄化しました。
すると家の中の空気がすぅっと軽くなったので、最後の仕上げとして持参した塩の粒を兄に飲み込んでもらいました。
その後、兄にはゆっくり休んでもらい、近日中に兄の為に御守を渡す旨を伝えました。
実家と兄はこれで大丈夫。そう思い帰路に付いたのですが、なんと宿主を追われた「水濡れの女」は、私達を自宅まで追ってきたのです。家の外から「水濡れの女」が私達の様子を伺っているのが分かるのです。兄から追い出された女は、今度は夫に憑こうとしているのです。
夫は自分の意志とは関係なく勝手に涙が流れ出して止まらなくなったり、体の震えが止まらなくなってしまいました。とりあえず緊急措置として、塩を飲み込んでもらい、煙草を吸わせ、御守を身につけさせて一晩過ごしました。
翌朝、夫の状態は落ち着いていたので一安心する事ができました。
その後「水濡れの女」は悪さはしてきていませんが、今でもまだ近くにいるのは感じます。
時折、粘りつくような視線を感じるのからです。
自衛は出来ても成仏させる事は私には難しいので、いつか諦めて元の居場所へ帰ってくれるのを願っていました――。
それから数年後。
とある、心霊モノや怪談などを扱うインターネット放送に出会いました。
そこで本職ではないものの、霊媒師の様な事が出来る人「Jさん」という方と知り合う機会があったので、思い切ってこの出来事を話してみました。するとリアルタイムで何とかしてみようと仰ってくれたのです。
ふと家の庭を見てみると「水濡れの女」がそこに居ました。
「Jさん」が何やら集中し始めると、女が次第に苦しみ出してみるみる内に小さくなっていき、仕舞にはクシャクシャに丸められた黒い紙の様になってしまったのです。そして最早、人に害を成せる程の力も失ってしまった様でした。
その後、女は自宅から直線距離で20m程の距離にある、ご近所さんの庭に居すわっています。力を失った今も我が家に何かしら悪戯をしたいらしく、時折ちょっかいを出されます。
一応自身で家に結界を張っているのですが、仕事関係で疲労がピークに達している時など、結界が揺らいでしまって近づかれてしまう時があります。そんな時は決まって、水場が集まる浴室などの窓から中を覗きこまれるような状態です。
今後も女が私や家族に干渉を続けるようであれば、もっと徹底的にお祓いをする等も考えていますが、今のところは御守の1つとして天然石をお迎えして、しばらく様子見かなと思っています――。
それから数日後、最初に兄に会いに実家に戻った時「水濡れの女」の他に「実家の近所のダム」のイメージが流れ込んできた事を思い出し、少し調べてみる事にしました。
この話が話題に上がった時のインターネット放送で「ダムの様な大規模に水を貯める場所の近くには神社があるはず」とのご意見を頂きました。一応小さな稲荷神社が近くにありましたが、地元の方によってしっかりと手入れがされている為、これが原因には成りえないかなと思いました。
また、このダムで以前に事件や事故があったのかも調べてみたのですが、こちらも目立って新聞やTVのニュースなどで報道された様なモノはありませんでした。ただ、自殺等になるとそもそも報道などされる可能性も低いと思いますので、確実に「何も無かった」といえるものではありませんが。
しかし少し気になる事が見つかりました。「Jさん」に女をクシャクシャにして頂いた2日後に、このダムを設計した方が亡くなったそうです。大分ご高齢だったそうなので、単なる偶然だとは思いますが……。