消えた道路

投稿者 – みぃ様

 これは今から数年前に、私の兄が体験した出来事です。兄はフランス人女性と国際結婚をしていて、普段はフランスで生活をしています。時々、年に数回程度ですが、里帰りの様に日本に帰ってくるのです。その時に夫婦揃って、東京都あきる野市内にある秋川渓谷の、とある釣り堀に出掛けたのでした――。

 地元である練馬区から釣り堀に向かうため、カーナビに住所を直接入力して車を走らせました。2時間ほど走っていくと辺りは次第に山間の風景に変わり、そんな風景も楽しみながらのドライブでした。そんな折――。

「うわっ!!」

 運転している視界の先の道路が突然消失している事に気が付き、兄は焦ってブレーキを踏みました。スキール音を立ててタイヤを泣かせながらも、なんとか手前で車を停車させることができたのです。

 危なかった……。一体この道路はどうなっているのだろうと、兄は車を降りてその道路の先を見てみました。すると、先ほど道路が消失したと思ったその先は、道が無くなっていたわけではなく、尋常ではない程の急勾配な下り坂が続いていたのです。

 一旦車に戻りカーナビを見てみると、どうやらこの下り坂の先に釣り堀があると、その様に表示されているのです。しかし釣り堀自体は山の上にあるはず……。おかしいなぁ?と思いつつも、とりあえずはナビ頼りで進んでみる事にしました。

 慎重に下り坂に侵入し、次第に下っていく。数十分進みましたが一向に景色が変わらず、道も下り続けている。本当にこの先に釣り堀があるのか?不安になった兄は一度車をUターンさせて引き返し、急勾配を登って道を戻る事にしたのです。

 しばらく来た道を戻って、不意に見つけたコンビニの駐車場に入り車を停めました。そこで再びナビに釣り堀の住所を再入力。画面に映し出されたのは先ほどと同じルート。仕方が無いので兄は首を傾げながらも、ナビの指示に従って走りだしたのです――。

 車を走らせてしばらく、先ほどと同じ道である事にすぐ気が付きました。道端に立っているお地蔵さんや特徴的なカーブミラーなど、間違いなく先刻と同じ道。結局はじめの道で合っていたのか?懐疑的になりつつも進んで行くと、やはり先ほどの下り坂の手前までやって来たのです。しかし今回、いざそこに辿り着いた兄はとてつもない違和感に気が付いたのです――。

「道が……下ってない」

 先ほどのとんでもない急勾配の下り坂があった道路が、今回はただの緩やかな上り坂になっているのです。

 もしかしたら何か酷い勘違いをしていて、さっきの下り坂は全く別の道かもしれない。そう頭を切り替えて、ナビの指示通りに上り坂を登って行くと、まもなく釣り堀に到着したのでした。

 ――数時間後。

 釣りを堪能した兄夫婦は、ナビに自宅の住所を入力し、日も暮れてきた山道を帰路に立とうとしていました。しかしまたここで、兄は一つの事に気が付きました。ナビの指示しているルート。これが自宅方向ではなく、山の頂上に向かう方向を指しているのです。

 おかしいなぁ……。そう思いつつも、このルートはもしかしたら、迂回路の様な感じで近道なのかもしれない。そう考える事にして、ナビの指示に従って走り出したのです。そこからしばらく山道を進んで行くと――。

「うわっ!!」

 兄はブレーキを踏み抜いて車を急停車させました。日中の下り坂の前に差し掛かった時と同じように、道路の先が消失していたのです。

 車を降りた兄が恐る恐る確認しに行くと、状況を把握した途端にゾッとしたそうです。今回そこにあったのは急勾配な下り坂ではなく、土砂崩れのように崩落してしまって、ボッコリと陥没した谷底だったのです。

 辺りはもう夜で真っ暗な山道。一歩間違ったら転落事故を起こしていたかもしれない。あの一連の出来事は本当に気味が悪くて、怖かった。兄はそんな風に語ったのでした。そしてこの話を聞いた私は――。

「本当か?そんなことがあり得るのか、実際に確かめに行ってやろう」

 そう考えて、翌日に秋川渓谷に向かう事にしたのです――。

 まず最初に、兄が下り坂を見たという道を探しに釣り堀へと向かいました。もちろん、兄夫婦が通った同じ道を使って。しかし私は難なく釣り堀に辿り着いてしまい、急勾配の下り坂を発見することができなかったのです。

 次に、陥没道路を探すために頂上へ向かう道へと入りました。すると今度は走り出して数分もすると、黄色い立ち入り禁止の看板とロープが張り巡らされているのです。

 ギリギリこの先まで進めそうだったので無理やり進んでみると、次に目に飛び込んできたのは、道路を封鎖する古びた鉄のゲートでした。

 どうやら昨晩、兄夫婦が差し掛かったという、崩落した道路はこの先にあるようです。しかしこのゲート、もう何十年もこのまま此処に立っていたるのではないか?というような古びた趣で、昨日の今日で、いきなり道路を封鎖したとは思えない。

 そうなると兄は一体どうやってこのゲートを抜けて、向こう側まで車で進んだのか……。不気味な感情が押し寄せながらも、理解しようがない事象だったので、私はあまり深く考えない様にして引き返し、家路に着いたのでした――。

 そんなことがあってから数日後。私は仕事の関係であきる野市方面のお客様と会う約束になっていました。

 ご年配であるこのお客様と仕事の話をし終えた時、ふと先日の出来事が頭に浮かびました。そこで、世間話の一つとして兄夫婦の体験と、翌日に私が確かめに秋川渓谷に向かった時の事を話したのです――。

「へぇ~……不思議なこともあるもんだねぇ」

 正直私は、この程度の反応で会話が終わると思っていました。しかし、お客様の口からは予想だにしない一言が飛び出したのです――。

「その坂……下りきらなくて良かったねぇ……」

 一体どういう意味なのだろう……?お客様の語り口に、ついつい襟元を掴まれてグイッと引き寄せられる様な感覚に陥りました。お客様は続けます――。

「今の若い人はほとんど知らないんだがね、この地域には昔からある云われがあるんだよ」

「いつもの山道を通っていると、突然見覚えのない急な下り坂を見付ける事がある。しかしその坂を決して下ったりしてはいけない」

「なぜならその下り坂の先は地獄。引きずり込まれて戻れなくなるからだ……」

 話を聞いた瞬間そんなことあるはずが無い!と思いつつも、心の奥底ではゾクゾクと来るものがありました――。

 因みに先日私が見つけた鉄のゲート。やはりずっと長い事あの道路を封鎖しているようです。しかし不思議な事に、ゲートの先の崩落した道路で、よく車の転落事故が起こっているそうなんです。

 事故を起こした車が、一体どうやってあのゲートを通過したのか?それは謎に包まれている。もしかしたら兄夫婦も、一歩間違ったら地獄に引きずり込まれていたのかもしれません。

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