学生時代の友人が、当時アルバイトをしていた時の話をしてくれました。
彼は「棚卸」という、スーパーやコンビニ、ドラッグストアーの深夜の時間帯や閉店後に作業するアルバイトをしていました。商品在庫の数量や金額を、ハンディスキャナーで読み取って登録する様な仕事だったそうです。
仕事の関係上、班ごとに事務所を8人乗りのバンで深夜に出発して現場に向かうそうなのですが、ある日にちょっとした事が気になったそうです――。
その日は1班6名での仕事だったそうです。アルバイト歴が長かった彼は、班長としていつもハンドルを握る役を請け負っていました。
ただその頃、深夜の仕事で連勤も続いていたらしく、現場に到着する前に小休憩でコンビニに立ち寄りました。そこで車中のメンバーに声を掛けます――。
「誰か買い物行く人いる?」
皆談笑していて特に返答が無かったそうで、車を降りて一言――。
「ちょっと疲れたから運転代わって~」
副班長の女の子に声を掛けてドアを閉め、飲み物を買いに行きました。
数分後。車に戻った彼が助手席のドアを開けて車に乗り込もうとすると、運転席には誰も乗っていませんでした。そして先程までの団欒な雰囲気も一変、車内はシーンと静まり返っていました――。
「いやさ、俺も疲れてんだ。たまには運転頼むよ……」
副班長の娘に声を掛けても返事が返って来ませんが、何やら怪訝な顔つきで彼の方を見てきました。
それに気付いた彼は、自分が嫌われているのかと思いました。よく考えればいつも自分が運転していても、誰も助手席に乗って来てくれない。副班長だけでなく班のメンバーにもそんなに嫌われているのかと、悲しい気分になりました。
それに加えて、いつも自分だけが運転ばかりさせられている現状も相まって、イライラが次第に大きくなってきました――。
「みんなさ、俺の事そんなに嫌だったのは分かったけどさ!」
「一応これも仕事の1つじゃん?運転代わってくれてもよくない?」
そんな事を言いつつ、彼はさらに悲しい気分になってしまいました――。
「じゃあいいよ。俺が運転すればいいんだろ?」
彼が少し卑屈な口調でそう言い放つと、副班長が慌てて声を挙げました――。
「ごめんなさい!違うんです!」
副班長が何か言いにくそうな表情で話し出すと、車内の他のメンバーも気まずそうな表情になり、目があちこちに泳いでいる様に見えます――。
「班長の事、嫌いとかじゃないんですけど……」
「何というか、運転席には座りたくないんです」
「それと助手席には絶対に座れません……」
何故?彼は理由を聞かずにはいられません。当たり前ですよね。副班長は言いました――。
「助手席にいつも……女の人が座っているから」
それを聞いた彼は――。
「何言ってんの?こんなトコ誰も居な……」
言いかけて彼は次の瞬間「ハッ」としました。まさかと思い、班のメンバー達の顔色を窺ってみると、皆一様に暗い顔で静かに頷いているのです。
話を聞くと、彼以外は前から気付いていたそうです。最初は副班長が「助手席の女」の事を言い出しました。座っているのが見えると。
始めは皆「え~嘘でしょ~(笑)」そう思っていたそうなのですが。日が経つにつれて他のメンバーも姿が見えはしないが、気味の悪い物音がしたり、微かに女の声が聞こえたりと。何か人ではないモノの気配を感じるようになっていったそうです。
ただそんな中、班長である彼だけは何も気付かないかの様に毎日運転席に座り、ハンドルを握っていた。そうなると今さら教えられないと、皆で彼には「助手席の女」に気付かれない様に普通にしておこうと、話し合って決めたのでした――。
今夜これから運転して現場に向かい、仕事をしなければならない。そしてまた運転をして、事務所に帰らなければならない。
いつまでもコンビニで道草をしているわけにもいかないので、班長である彼は自分にはよくわからない異質な存在を隣に乗せて、嫌々ながら運転席でハンドルを握り出発したそうです。
それから数日後、副班長を含めた班のメンバーの数名がアルバイトを辞めたそうです。理由は特に聞く事が出来なかったそうですが。そして彼もしばらく経たないうちに、就職活動に集中するという理由でそのアルバイトを辞めたそうです。