これは私が高校生の時、近所の公園で出会った不思議な女の話です。
その日は先輩から、一緒にいい感じの服でも買いに行こうと誘われていました。その待ち合わせで、駅から最寄りの徒歩3分くらいの、小さな児童公園で集合することになっていました。
私が公園に到着した時には、まだ先輩は来ていないようでした。私は公園内のブランコに腰を掛けて、しばし待つことにしました――。
少しすると、小学生になりたてくらいの小さな男の子を2人連れて、30歳くらいの女性が公園に入ってきました。男の子たちは砂場で無邪気に遊びだし、女性は砂場の淵に腰をかけて、微笑ましい顔で見守っている。私はその様子を、親子かな?と思いながらボーッと眺めていました。
当初の待ち合わせ時間を過ぎても、まだ先輩は公園にやってきません。暇を持て余した私は、携帯を片手に時間を潰していました。すると――。
「いやぁ~悪い悪い!遅くなっちまったなぁ~」
両手を顔の前で合わせながら苦笑いを浮かべる先輩。そそくさと私の隣のブランコに腰を掛けると――。
「ちょい一服させてくれ~」
そう言いながら、咥えた煙草に火を付けました――。
先輩の一服を待ちながら世間話をしていると、ふと視線を感じました。
さっきの子連れの女が、ブランコの隣にある滑り台の上で体育座りをして、こちらを「ジーッ」と見ているんです。気がつけば、その女が連れていた2人の男の子が見当たりません。まるでフッと消えてしまったように――。
「あれ、親子じゃなかったのか?」
そう思いつつも、感じる視線に何とも言えない不快さを感じていました――。
「ねぇねぇ……あなたたち……」
声が低い女性特有の「ねっとり」とした感じの声で、その女が喋り出しました。
なんとなく嫌な雰囲気がした私は先輩の方を「チラッ」と見てみましたが、先輩はまるで声が聞こえていないかのように話を続けます――。
「ねぇねぇ……聞こえてるんでしょう?あなたたち……ねぇねぇ……」
公園内には私と先輩、その女の3人しかいません。明らかに私たちに向けて話し掛けています――。
「ねぇねぇ……あなたたち、無視しているのぉ?聞こえてるんでしょう?」
こちらが返事をしないのに、ずっとそう話しかけてくる女。気になってしまった私は、その女の方を見てみたのです。すると当然のように女と目が合い、直後に「ゾワッ……」っと悪寒が走りました――。
「おい!見るんじゃねぇ。無視してろよ」
――静かな声で恫喝する先輩。
おそらく先輩もこの不気味な空気に気付いていたのでしょう。私は顔を正面に向きなおし、今見た女の異様な姿を頭に思い浮かべました。
血の気を感じさせない青白い肌。長い黒髪を後ろで束ねてはいるが、前髪を顔の前に垂らしている。その前髪の分け目の隙間から片目が覗き、大きな釣り目を見開いてこちらを見ている。そして血色の悪い唇は、大きく横に「ニィィィ」と開かれて、歯を食いしばっている様な表情でした。
服装は白系のポロシャツにスウェット地のグレーのジャージ風パンツ。割とラフな格好だ――。
「ねぇねぇ……あなたたち――」
「よし!そろそろ行こうか!」
――あからさまに女の声を遮った先輩は、ブランコから立ち上がると煙草の火を踵で踏み消しました。
それに倣うように私も立ち上がり、2人で公園の外に向かって歩き出しました。その時、女が体育座りの態勢のまま「スゥゥー……」と下に滑り降りてきたんです――。
「ねぇねぇ……あなたたち……あたしと写真撮りたいでしょう?」
先輩は頑として女に反応しません。ですが小声で私に声を掛けてきます――。
「絶対に相手するんじゃねぇぞ。無視してろ」
再び2人で公園の外に向かって歩き始めました――。
「ねぇねぇ……もう行っちゃうのぉ?」
「ねぇねぇ……聞こえてるんでしょう?あたしと写真、撮りたいんでしょう?」
女の声は次第に大きく、息も荒くなっていきます――。
「ねぇねぇ……あたしと写真、撮りたいんでしょう?写ルンですとか持ってるんでしょう!?」
それを聞いた瞬間、急にピタッと立ち止まる先輩。後ろにクルッと振り向いて突然怒鳴り上げたました。
「うるせぇ!写ルンですなんて持ってねぇよ!喋るんじゃぁねぇ!!」
一喝したと思うとすぐさま前に向き直り、公園の外に向かってツカツカと歩き始めました――。
「ねぇねぇ……もう行っちゃうのぉ?写ルンですであたしと写真撮りたいんでしょう!?」
女は、私たちが公園から離れて互いの姿が見えなくなっても、ずっとそうやって絶叫していました。