奥多摩の白い女

ネット怪談 アイキャッチ
投稿者 – 不明

 一時期、奥多摩に入り浸っていた私を自制させる為か、先輩がある体験談を話してくれたのです。

 雨が降って路面が濡れている様な比較的車が少ない日を選んでは、奥多摩有料道路(現・奥多摩周遊道路)へ出向いて夜な夜なドラテクを磨いていた先輩。ただし天候が悪化したり、雨脚が強くなってくると、愛車の可愛さに負けて早々に帰路につくのが常だったそうです――。

 その日、深夜0時を廻る頃になると大粒の雨が勢いを増してきました。ヘッドライトに反射してギラついたドス黒い路面のそこかしこに、大きな水溜りが這い出してきたのです。いつもの様に先輩は諦めて帰路につきました。

 檜原村方面の数馬へと下るまでは、全くと言っていいほど人家がありません。安全な速度内でイメージを膨らませ、ライン取りの練習をしながら車を走らせていました。すると、ふとあるものが視界の端、左手の歩道側に写り込んだのです。

 白いワンピースを着た長身の女性……。

 黒くて長い髪は腰の辺りまで垂れ下がり、この土砂降りの中にあって傘を持っていません。車の進行方向と同じに進んでいるので顔は見えませんが、好色な先輩は品を定めるかのように目を細め女の後姿を眺めました。

 しかし何故こんな深夜の雨の中、周囲に民家も存在しない辺鄙な場所で……。瞬間嫌な予感がよぎった先輩。余計な親切も仇となると考えて、しぶきが掛からない様に大回りで追い抜いたそうです――。

 しばらく走り数馬の集落を抜けて、再び闇の支配する暗い山道に差し掛かりました。すると先輩の眼は、またも不可思議な光景を捉えました。

 白いワンピースを着た長身の女性……。

 黒くて長い髪は腰の辺りまで垂れ下がり……。先輩は心臓が一回り大きく脈打ちました。先ほど見とれた女性と非常によく似ていますが、同じ人でも違う人でも気味が悪いには違いがありません。そう考えると、別段意識するまでも無くアクセルを踏み込んで一気に抜き去っていました。

 もうじき民家が顔を見せ始める。先輩にとってはよく知った庭の様な道まで下り、内心ホッとして安心したかと思った時、突然――。

「ドンッ!!」

 車体の右側から凄まじい衝撃を感じました。物理的に何かにぶつかったというのではなく、威圧感、ゾッとするような冷たい存在感……。

 言いようのない不安感に襲われた先輩は、運転中の意識は前方に向けたまま横目に右手のサイドミラーを覗いてみました。

 するとそこには、車後方になびき、消えていく真っ黒な長い髪の毛がはっきりと写っていたのです――。

 私自身は勿論そのようなものは見た事がありません。私の身を案じた先輩からの説教の一環。そう思って軽く流し聞いていましたが、豪快な人柄の先輩が両腕に大粒の鳥肌を立てて話す姿がとても印象的でした。

この恐怖をシェアする――。