これは私が学生時代に地元、宮城県で体験した出来事です。
その日、私は心霊モノが大好きな先輩に誘われ、地元で有名だった「気味の悪いアパート」に行く事になったのです。
過去には雑誌の心霊企画でも取り上げられた事がある、有名なスポット。
そこは街中の明るい幹線道路から見ると、暗い山の中にポツンと見える。遠目から見ても外壁中に御札やら何やらが大量に貼ってある、いかにも曰く付きな雰囲気の孤立した古いアパートでした――。
夕方頃。私は先輩と、事情を知らせていない怖がりな後輩2人を加えた4人で合流し、行きつけの屋台で戦の前の腹ごしらえ。
完全に日が落ちて、辺りが暗闇のカーテンに包まれた頃、私達は目的地であるアパートに向かい車で出発しました。
車中でこれからどこに向かうのか気になってしょうがない様子の後輩にせがまれ、仕方なく事情を話すと口々に――。
「あそこは絶対ヤバイですよ!やめましょうよ!」
こんな事を言い出す始末。私と先輩は嫌がる後輩達を少し面白がりながらも宥めつつ進み続けるのでした。
山を登って行くと、途中から道らしい道が無くなってしまいました。舗装はもちろん無く、草木がボウボウで獣道すら無い状態です。このままでは車はキツイなと、ここからは歩いて登って行く事にしました。
車を降りてそこからしばらく、身の丈ほどの高さがある草木を掻き分けて進んでいると――。
「うわぁ!」
後ろの方で後輩の1人が叫び声をあげました。
どうしたのかと見に行ってみると、何やら躓いてしまって足を挫いたと言うのです。
後輩に、足が痛いなら車に戻って待っているか?と訊ねてみると――。
「1人で待つなんて怖すぎなので、一緒に行きます……」
そう答えたので私は彼に肩を貸してやり、そのまま4人で先に進む事にしました。
さらに奥へと歩いて行くと急勾配な坂があり、そこを登り切った先にボンヤリと大きな影の様なモノが見えてきました。
それは異質な空気感を醸し出す建物。気味の悪いアパートが私達の前に姿を現したのです――。
このアパートは2階建てで、敷地の周りには砂利が敷き詰められており、その所々から草が伸びたい放題に顔を出している。建物自体も人が住まなくなってから大分経つのか朽ちた印象で、まさに廃墟といった趣です。
恐る恐る手に持っていた懐中電灯を向けて見ると、確かに御札などが外壁中に貼られている。
さらに建物の周りをグルリと囲う様に「祓串(はらえぐし:神主が使う木の棒に紙垂が付いた物)」が3m程の等間隔で立てられている。気味の悪さは息を飲むほどでした。
過去に、冒頭にも触れた様に雑誌の企画で僧侶がここを訪れた事があり、その際に同行した記者がアパートの部屋の中に入ろうとドアに手を掛けたが、開けようにもドアが重くて開かない。鍵は掛かっていないようだが開かない。そんな事があったそうです。
僧侶が代わりに開けてみるとドアが開き、部屋の中にはこの世のモノではない者たちがギュウギュウ詰めで、そのせいでドアが重く、開ける事が出来なかったのだと。そう語ったと言う逸話がありました。
それを思い出し、不気味な雰囲気に飲み込まれて躊躇しながらも、せっかく来たのだからと先輩がまず1部屋目のドアを開けてみました。すると――。
「ガチャ……ギィィィィ……」
いとも簡単に開くドア。
少し拍子抜けをした私達はそのまま部屋の中に入ってみる事にしました。
間取りはよくある2DKのアパートの部屋。部屋が2つに風呂があってトイレがあって、ちょっとした台所も付いていて住みやすそうだ……。しかし部屋中の壁や柱には、びっしりと御札が貼られたり打ちつけられている。やはり住むのはよしておこうと思い直しました。
一旦その部屋を出て、次の部屋、また次の部屋へと進んで行きました。そして1階の最後の部屋のドアに手を掛けた時、ここだけ何故か鍵が掛かっていて開かなかったのです。
このアパートのドアは古い木製で、大分傷んでいてボロくなっている。なので私達は思い切ってそのドアを蹴破って、無理やりこじ開けて中へと入りました。
するとこの部屋、他の部屋とは明らかに空気が違う。今までとは違うゾクゾクと来るものがある。一体何なのかと部屋の中を照らしてみると、この部屋だけど真ん中に御供え物がされているのを見付けたのです。
「ああ……ここは一番まずい所だったのか……」
直感でそう感じた私達はすぐさまこの部屋を飛び出して、今日はこれ以上は止めて帰ろうと言う相談を始めたのです。
しかしこの状況で先輩が呟きました――。
「まだ大丈夫。2階に行ってみよう」
私と後輩達は、もうやめときましょうと止めたのですが、先輩はその制止を振り切って外階段へと歩みを進めました。そして1段目に足を掛けたその時――。
「バキッ!!」
突然音を立てて、階段の真ん中辺りの板が抜け落ちたのです――。
「やっぱり何かヤバそうですよ。帰りましょう先輩!」
もう一度説得を試みるも――。
「いや、大丈夫」
先輩はそのまま2階まで上がって行ってしまいました。
そして先輩が2階の真ん中の部屋の前まで歩いて行き、ドアのノブに手を掛けたのですが、その瞬間――。
「キャーーーッ!!」
2階建てのアパートのさらに上空の方から突如、女性の悲鳴のようなモノが聞こえたのです。
明らかに何かが起こっている。言葉では説明できないが、この場に留まるのは決して良くない。なのに、その悲鳴を聞いた先輩は一瞬ビクッと体を強張らせたのですが、なぜか臆する事無くそのままドアを開け放ったのです。
しかしその直後――。
「ギャーーーッッッ!!!」
先輩は絶叫しながら一目散に階段を駆け下り、私達の所まで逃げて来たのです。その尋常じゃない恐怖に満ちた先輩の反応に全員が恐れ慄き、そのまま車を置いてきた所まで4人共が全力で逃げ戻りました――。
その後、現場を離れて時間を置き、落ち着きを取り戻した私達。後輩2人を家まで送り届け、私は先輩の家に上がり込んで1杯やりながら雑談をしていました。
どうしても気になってしまうあの時の事。興味本位といますか、好奇心が勝ってしまうものです――。
「先輩……。2階の部屋で何があったんですか?」
「ああ……。あの時な。実は……」
何者かわからない女性の悲鳴が聞こえた後、ドアを開けた先輩。真っ暗な部屋の中にポツンと1人、女が立っていたそうです。
その女は憎しみが満ち満ち溢れた様なもの凄い形相でこちらを睨みつけていたそうですが、突然先輩の方に向かってブワーッと走り出したそうなんです。
いきなりの出来事にパニックになってしまった先輩は、先述の通りに絶叫しながら逃げ出したと、そういう事だったそうです。
直前に聞こえた女性の悲鳴に関しては、あの女のモノかも知れないし、聞こえた場所がアパートの上空辺りだったので違うかも知れないと。よくわからないと、先輩は語ってくれました。
この日「気味の悪いアパート」で体験した不気味な体験。実はこれだけでは終わらなかったのです。
翌日。あの日一緒にあそこへ行った後輩2人に、謝罪も含めて会いに行きました。
まず1人目の後輩。変な事に巻き込んでしまって本当に悪かったと。すると後輩は――。
「ほんとっすよ~。もう勘弁して下さいね~」
続いて2人目の後輩。あの日途中の山道で足を挫いてしまった後輩です。悪かったな。足は平気か?何ともないか?と。すると後輩は――。
「え?何の事言ってんすか?何かありました?」
こっちは頭下げてんのに何をとぼけてるんだと。昨日、変な女の声聞いたりヤバイ事あったじゃん。等と昨日の出来事を話していると――。
「やめて下さいよ先輩。昨日会ってないじゃないすか~」
「だって俺、家でずっとゲームしてたし……」
一体何がどうなっているのだか訳が分かりませんでした。人違いはしていない。確かにこの後輩と夕方ご飯を食べてから、一緒にアパートへ向かった。
この後輩はこの時点で足の怪我もしていないし、昨日の記憶は一切無いとの事でした。では一体……。
昨夜、私達と共にアパートに向かったのは、そして私が肩を貸してやり一緒に歩いていたのは、一体誰だったのでしょうか――。