おじいちゃん

投稿者 – 仔犬神スケキヨ

 これは私の母方の実家、所謂田舎の方に住んでいる友人から聞いたお話です。

 彼は子供の頃に親と喧嘩になったりすると、庭にあった古い井戸に隠れて夜になっても家の中に戻らないというダダをこねたりしていました。

 井戸といっても今は使われていない廃井戸で、中は土に埋もれていて深さも2メートル弱あるかないか程度の浅いもの。

 親が迎えに来ない限り頑として井戸から出ず、父親が家にいない時は近所に住むおじいちゃんが軽トラでやってきて、井戸から引きずり出していたそうです。

 ある日また母親と口喧嘩になり、いつものように井戸の中に隠れました。

 夜になる頃軽トラの音が聞こえてきて、やってきたおじいちゃんに井戸から引きずり出されました。その時に――。

「もうお前も大きくなったんだから、井戸も卒業しないと」

 そう優しく言われながら家の中に連れて行かれ、おじいちゃんはそのまますぐに帰って行きました。

 その翌日、おじいちゃんが倒れたと連絡がきました。

 倒れた理由は脳卒中で、命は助かりましたが後遺症で左半身が麻痺してしまい、回復の見込みは無いという話です。

 それ以降、月に2~3回程おじいちゃんのお見舞いに行くことになりました――。

 それから約1年ほど経ったある日のお見舞い。そろそろ帰るかと両親が病室を出て行き、最後におじいちゃんにバイバイしなさいと言われたので――。

「おじいちゃん、またくるね!」

 挨拶しながらおじちゃんの左手を握手のように握りました。すると――。

「ギユウウウゥゥゥ!!!」

 尋常でない力で手を握り返されたのです。

 とても麻痺している手の力じゃないという、このまま握り潰されるんじゃないかというすごい力で――。

「痛い!痛い!離してよ!」

 そう叫びながら離そうとしても、おじいちゃんは手を放してくれず、両目をバッチリとひんむいてこちらをジーッと見つめている。

 あまりの痛さと驚きと恐怖からパニックに陥ってしまいた。おじいちゃんの手をバシバシと叩き、指を1本ずつ引き剥がしてなんとか手を引き抜き、一目散に病室から飛びだしました。

 その日の夜の事でした。おじいちゃんが亡くなったと、病院から連絡があったのは――。

 それからおじいちゃんの葬儀も終わり、しばらく経ったある日。また母親と口喧嘩になった彼は、毎度のように井戸の中に隠れていました。

 日が暮れて父親も帰ってきましたが、両親ともに呆れて、その内自分から出てくるだろうと、あえて放置することにしたのです。

 それから大分時間が過ぎ去ったようで、気が付けば彼は井戸の中で眠ってしまっていたようです。

 しかし親が何の声も掛けに来ないことに腹を立て、親が迎えに来るまで意地でも井戸からは出ないと心に決めたのでした。

 するとシーンと静まり返った庭先に、何やら物音が聞こえてきました――。

「ザッ ザッ ザッ ザッ」

 足音です。こちらに誰かが近づいてきます――。

「ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ……」

 足音は井戸の前で止まりました。遂に親が迎えに来たかと思い、顔をあげて見上げてみる。

 すると、元から暗い上に月明かりの逆光で誰だかよく分からないが、誰かが井戸の中を覗き込んでいる、そんな感じのドス黒い人影が見えました。

 一体誰だと思ってジッと様子を伺っていると、どうもその人影もこちらをジッと見つめている様に見える。しかし何の声も掛けてきません。

 そんな状態でしばらく硬直していると、突然人影が井戸の中に手を伸ばしてきて彼の肩を「ガシッ」と鷲掴みにしたのです。

 両肩を掴まれて、引きずり上げられそうになる。肩を掴む力が尋常じゃなく強くて激痛が走る。しかもこの人影はおそらく両親ではない、ということに気付いてパニックになってしまいました――。

「ぎゃあああぁぁぁ!痛い痛い痛い!!」

 悲鳴をあげて体中を振り回し、激しく暴れて抵抗しました。すると――。

「どうしたぁー!!大丈夫かぁー!!」

 父親の怒鳴り声が聞こえました。

 すると急に掴まれていた両肩がパッと離されて、彼は井戸の下に落っこちてしまったのです。

 直後に井戸の上に父親の姿が見えて、引き上げてもらい辺りを見回してみましたが、駆けつけてきた父親と、少し遅れてきた母親以外、そこには誰もいませんでした。

 彼は気が抜けたのか、恐怖に震えて号泣してしまったそうです――。

 その後、肩の痛みは数日間なかなか引かず、しばらくは赤黒い痕のような、アザのようなモノが残っていたらしいです。しかしそれも、ふと気付いた時には綺麗に治って無くなったそうです。

 この事があって以降、彼は井戸に隠れるのを止めました。あの時井戸にやってきた人影の事は、今でも誰だったのか、一体何の目的だったのか、一切分からず仕舞いだそうです。

 助けに駆け付けた父親も母親も「誰も居なかった」と仰っていたそうです。

 彼は核心は無いものの、何となく「おじいちゃん」だったのではないか?そう感じているそうです。ただ、もしそうだった場合、一体どんな感情であんな怪力で肩を掴んで引きずり出そうとしたのか……。

「もう井戸は卒業だ」

 どうもそういったモノでは無かった様な気がして、考えるだけで肝が冷えるのだそうです――。

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