山梨県にある花魁淵。ここで私が体験したお話を載せておきます。
大学生の時、バンドサークルの仲間たちと心霊ツアーと称して、関東地方の有名スポットを車で行脚していました。その日は花魁淵に行こうという流れになり、ネットなどでどういった言われがある場所なのかを調べていました。
「女性を連れていくと狂ってしまうなどの危険がある」
この一文を見つけた私たちは、さっそく後輩の女子2人に連絡を取りました。そう、内情は説明する事無く――。
車にて、男子4人女子2人の計6人で花魁淵に向かいました。暗い峠道を東京方面からしばらく走っていくと、左手に目印である慰霊碑を発見する。その周辺に砂利になっているスペースがあるので、そこに車を停める事にしました。
車を停めると同時に男子2人が――。
「うおぉぉぉ!!もう我慢出来ねぇ!」
そう叫びながら道路を横断していき、花魁淵の向かい側で立ち小便を始めました。私たちは止めるように制止しましたが、2人はそれを押し切ってはじめてしまったのです。
仕方ないなと、2人が戻ってくるのを慰霊碑の前で4人で待っていると――。
「シャンシャン……シャンシャン……」
不意に錫杖(僧・修験者が持ち歩く杖)のような音が聞こえてきました。
花魁淵は基本的には川の流れが激しい「ごおぉぉぉ……」という音が鳴り響いており、他に聞こえるにしても虫や鳥の立てる音くらいなものです。
この音は4人とも聞こえていたらしく、一体なんなんだ?と互いに顔を見合わせていると――。
「リンリン……リンリン……」
今度は鈴の音のようなものが聞こえてきました。
この2つの音、自分たちの周りのどこかで鳴っているという聞こえ方ではなく、すぐ目の前で鳴っているかのように聞こえるのです。
そうこうしている間に、立ち小便を終えた2人が戻ってきました。二人にはこれらの音は聞こえなかったそうです。
辺りは一気に不気味な雰囲気に包まれました。一旦この場を離れようという話になり、私たちは車に乗り込んで東京方面へ走りだしました。
道中、後輩の女子2人に質問されました――。
「そういえば先輩、何で今日私たちを誘ってくれたんですか??」
私は正直に答えました。この場所に女子を連れてくると何かしら起きやすいという事を……。すると後輩女子たちの可愛いらしい顔が、次第に般若のように険しくなっていったのを、今でも鮮明に覚えています――。
結局その日は、花魁淵に戻る事無く解散することになりました。車で全員を送り届け、最後に私が自宅に帰りました。自室に入り荷物などを机の上にバラバラと置いて、寝間着のスウェットに着換えると、コロリと布団の上に転がりました――。
「ああ、なんだか今日はもう疲れたな……」
もう寝ようかと一旦身体を起こし、電気を消すために紐に向かって手を突き上げました、その瞬間ゾッとする冷たい氷のようなものが、背筋をスーッと下って行くような感覚に陥ったんです。
自分の真正面には姿見の鏡が置いてあるのです。その姿見の下の方から、青白くて肉付きの無い華奢な腕が上に向かって伸びている。腕中に紫色の血管のようなものがびっしりと走っているのも見える。
私は一体何を見ているんだ?と一瞬固まってしまったのですが、すぐに頭を切り替えました――。
「いやぁ、俺も焼きが回ったなぁ。これは自分の腕が写ってるだけじゃぁないか……」
何を驚いているのだと、違和感を感じながらも自分で自分をあざ笑うかのようにホッと心を落ちつけました。そして一度腕を下げた時、自分の目の前の姿見に写っている状況に再び息を飲みました。
鏡の中の青白い腕は、以前として天に向かって手を伸ばしたままだったんです――。
「……え?」
コンマ5秒くらいの間でしょうか、そう思った直後に鏡の中の腕も下にスッと下がりました。何かしらおかしなことが起こった事を理解しながらも、私は何も見なかったがごとく、ふてぶてしくも布団に入り寝に落ちました――。
翌朝起きてから、昨日の出来事を思い返してみました。よくよく考えると、自分と姿見の位置関係は真正面。多少上に向かって角度が付いて置かれているものの、正面から見れば自分自身の上半身くらいははっきりと写り込むのです。
あの時自分が見た姿見の鏡。そこにはおそらく自分のモノではない誰かしらのやせ細った貧相な腕と、自分の背面にある壁しか写り込んではいませんでした。
そう、私自身は写っていなかったんです。
おもむろに姿見の前に立ち顔を近づけてみると、寝ぐせでボサボサの髪で、少し瞼を腫らした見なれた顔が寝ぼけた面でこちらを見ていました。その表情は何とも言えない苦笑いを浮かべていましたが。