吐息

投稿者 – RENKO様

 これは、僕が高校2年生の時に体験した出来事です――。

「今日同窓会行ってくるから。帰り遅くなるから、ゴハン自分で食べてね~」

 両親は高校の同級生同士で、同窓会があったりすると2人揃って出席するため、両親共に家を空けるんです。

 その日は朝に、両親からこう言われていました。平日だったので、とりあえず学校に行って、帰ってきてから18時頃にご飯を食べました。それから、2階の自室でちょっとマッタリとして、23時頃には布団に入ったのです――。

 ――深夜にふと目が覚めました。

 枕元の時計を手にとって見てみると、時間は「2時22分」でした。それを見たとき、ゾロ目だし、なんとなく嫌な感じだな~って思ったんです。ただ、変に意識してしまうと、きっとこれが余計に嫌な感じがしてしまう。

 今は気にせずに寝てしまおうと、そう思いました。

 手に取っていた時計を枕元に戻し、その手を布団の中に戻した瞬間、突然金縛りに遭ったんです――。

「あれ……体が動かない」

 僕はこの時が記念すべき人生初の金縛りで、なんとなくこれに対して感動の気持ちもあり、なんとなく恐怖の感情もありと、そんな感じでした。それでしばらくの間、この金縛りが続いたんです。

 静かな暗い部屋で一人。布団の中でただただジッとして居ました――。

「はぁ……こういう時ってどうしたらいいんだろうなぁ……」

 そうぼんやり考えていると――。

「ガチャッ」

 1階で玄関のドアが開く音が聞こえたんです。

 家の玄関は、鍵が2つ着いているタイプのドアで、鍵を開けると結構な大きさの音が響くんです。なのに鍵を開ける音は聞こえずに、ただ玄関のドアが「ギーッ……」っと開く音がしたのです。

 確かちゃんと戸締りはしたはずだ……。記憶はあるので、何か変だと思いました。しかしその後に足音が聞こえてきたので、これは親が帰ってきたものだと、そう思いました。

 ですがその直後に飼っていた犬が、すごい勢いでワンワンワンワンと吠えだしたんです。うちの犬は家族を含めた面識のある人間には、全くといっていいほど吠えたりしないのですが。

 それでやはり、何かがおかしい……。そう思って耳を澄ませてみたんです。すると、相変わらず1階を歩く足音が聞こえるんですよ――。

「ゴトッゴトッゴトッゴトッ」

 フローリングの床を、何かで突いているかのような重くて硬い音。まるで土足でそのまま家にあがりこんで、靴で家の中を歩き回っているような足音。聞こえる限りだと、同じ場所を何回も行ったり来たりしているようなんです――。

「いやいやいや、待てよ……。まさかこれ、空き巣か何かか?」

 家の中では、犬が吠える鳴き声と、その硬い足音以外に物音がしない――。

「いよいよこれは、なんだかやばいな……」

 そう思いつつも、自分の体は未だに金縛りのまま。動かない。

「どうしよう……」

 考えを巡らせていると、硬い足音が1階の階段辺りかと思われる場所で、ピタッと一旦止まりました。そして次の瞬間――。

「ダダダダダダダダダダダダダダダダ!!」

 とてつもない勢いで2階まで駆け上がってきたんです。

 それが聞こえた瞬間、もう心臓が破裂してしまうんじゃないか?というくらいにバックバクと脈打って、すぐ次にはもの凄い恐怖が襲ってきました――。

 家の2階には4つの部屋があって、階段から見て自分の部屋は一番奥にあります。登ってきた硬い足音は、まず一番手前にある母親の部屋の中に入ったらしく、ウロウロと歩き回るが聞こえてきました――。

「ゴトッゴトッゴトッゴトッ」

 しばらくすると、その足音は母親の部屋を出てから廊下を進み、次は隣にある父親の部屋の中へ入ったかと思うと、そこでまたウロウロとしている――。

「ゴトッゴトッゴトッゴトッ」

 またしばらくすると、次はその隣の部屋に移動して――。

「ゴトッゴトッゴトッゴトッ」

 段々と近づいてくるんですよ。徐々に自分の部屋に近づいてくる足音を聞きながら――。

「あー俺、もうこれ、殺られるなぁ……」

 正直そう思いましたよ。

 僕の部屋のドアは結構建てつけが悪く、開けると「ギギギィ……」って感じで軋むんです。遂にその音が聞こえて来て、硬くて重い足音が自分の部屋の中に入ってきたんです。

 自分は未だ金縛りのまま、体が動かなくてどうしようもない――。

「ゴトッゴトッゴトッゴトッ」

 部屋に入ってきた足音が、しだいに自分に近づいてくる。緊張しながらも、恐怖を抑え込み足音を聞いていました。

 その音が自分の枕元、左側辺りに止まったかと思うと、そこで何やら「ゴソゴソ」とし始めたんです。「ゴソゴソゴソゴソ」と。とにかく恐怖と闘いながら、ひたすらジッと様子を窺っていると――。

「ハァァァ……」

 生温かい吐息が、自分の耳に当たったんです。「うわぁ……」とさらなる恐怖を感じていると、立て続けに――。

「ハァァァ……ハァァァ……ハァァァ……ハァァァ……」

 ひたすら自分の耳元で、吐息が吹きかかり続けるんです。

 あまりの恐怖からか、そこで自分の意識は途切れてしまったんですよね――。

 次の瞬間ハッと気がつくと、部屋には日の光が差し込んでいました。慌てて枕元の時計を手にとって見ると、針は7時を指していました。それを見て――。

「あれは夢だったんだ!ああぁぁ、よかった~。」

 そう思い、安堵しました。

 しかし、起き上がって自分の部屋のドアを見てみると、ドアが開いてるんです。ちゃんと閉めて寝るようにしてるのに。

 1階に降りて行くと、そこはいつもの日常。父親は新聞を読んでいて、母親は朝食の用意をしている。

 両親に訊ねてみると、昨日は午前3時くらいに帰ってきたそうで、ついでに僕の部屋のドアを開けたりしなかったか?と、聞いてみたんですよ――。

「開ける理由もないのに、わざわざドア開けたりしないでしょうよ。」

 母親はそう答えました。なのでそれ以上聞くこともなく、そっか……と。一旦部屋に戻ることにしました。

 2階の自分の部屋の前まで戻ると、犬がすごい勢いで僕を追いかけてきて、ドアの前ですごい勢いでワンワンと吠えだしたんです。

 朝っぱらからうるさいよ!やめなさい!という感じに撫でて抑えようとしたんですが、一向に吠えるのを止めようとしないんです。おいおい、お前一体どうしたんだよ~って思いながら、自分の部屋の入り口を見てみました。すると、何か落ちていることに気がついたんです――。

「ん?何だこれ……」

 顔を近づけて見てみました。するとそこには……。

 明らかにウチの家族のものではない、黒くて長ーい髪の毛がゴッソリと落ちてたんですよね。それも、束になって……。

 それを見て――。

「夢じゃない!昨日のは夢じゃない。確実に何かがここにきてたんだ……」

 昨夜の耳に掛かる吐息を思い出して、もうホントにゾッとしましたよ。

 とっさにその髪の毛を摘まんで、窓から外に投げ捨てました。それ以降、自分の家には、何か、そういうものが出るんだな……って、そう考えるようになりました。

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