滅多打ち

人怖 アイキャッチ
投稿者 – マサル様

 私が高校2年生の時に体験した話です。中学生の時に廃墟である体験をしてしまった事から、廃墟なんか二度と行くかボケ!とはならずに、逆に廃墟の魅力に取りつかれてしまいました。

 中でもお気に入りは、人の手によって荒らされていない、捨てられた場所。過ぎ去った多大な時間によって朽ち果てた様な美しい廃墟。私にとっては一種の秘境の様な場所です。

 その日私がバイクで向かったのは、大阪府にある、とある「犬」が付く山。その付近にある廃墟でした。

 そこは面積およそ200坪くらいはあるかという敷地の山の斜面に建つ、5階建ての廃旅館でした――。

 メンバーは私と友人の2人きり。中に入ると見事に朽ち果てたボロボロの廃墟で、そこかしこの床が簡単に抜けてしまう。そんな状況で友人は3階から2階に、床を踏み抜いて落ちてしまったのです――。

「ドカーン!ガシャーン!」

 凄い音がして、私は焦って若干パニックになりながらも――。

「お前大丈夫か!?イケるか!?イケるかぁ!?」

 声を掛けると、すぐに返事が返ってきたので、あぁ、イケるんやなぁ……と一安心しました。幸い友人には大きな怪我も無く、裂けた木材で軽く切り傷を負ったくらいで済みました。

 とりあえず一息ついて、どこか迂回するルートを見つけて合流しなければという話になり、今まさに歩き出そうかと思った時。私の目の前にある渡り廊下の先の方から――。

「ドカーン……」

 と、大きな物音が聞こえてきました。ここは廃墟だ。あんな音がするのはおかしいぞ?と2人で顔を見合わせながらも、まずは合流しようと互いに迂回路を探し始めました。

 私が2階に降りる階段を見つけて、友人とはすぐに合流する事が出来たのですが、その間も――。

「ドカーン……ドカーン……」

 例の物音はとめどなく聞こえてきます。不気味だなと思いつつも、友人と話し合いをした結果、結局はその音が一体何なのかを確かめに行こうと、そういう流れになってしまったのです。やはり好奇心が勝ってしまうんですね――。

 2人で息を殺し、足音を立てない様にゆっくりと渡り廊下を渡って行きました。反対側の建物に入るとずっと奥の方から廃墟特有の軋むような音が聞こえてきます――。

「ギシ……ギシ……」

 この音は、建物の家鳴りや、風の影響で動いたドアの音などではありません。歩く時に鳴る様な、古い板の床が泣く様な足音なのです。誰かいるのかもしれない。恐る恐る足音の方へと近づいている時に、私はとてつもない違和感に襲われました。

 自分たちがいるこの区画。ここだけが異常な程キレイなのです。5階建ての廃墟の中のこの一部だけ、明らかに人の手によって片付けられている様な状態なのです。

 一体何なんだここは……そう思いながらも歩みを進めていると、足音が聞こえる方向から人の声も聞こえ始めたんです――。

「お前のせいやろっ!!」

「やめろや!!」

 何やら割と年が行ったような声の男性が2人、言い争いをしている様に聞こえます。

 段々と声が大きく聞こえてきます。その声の勢いは狂気に満ち満ちあふれて、戦慄すら覚えました――。

「お前のせいで!!!お前のせいで!!!」

 次第に「ドタドタ」という物音も聞こえ始めてきました。さらに近づいていき、緊張感がピークに達した私達は、物陰に隠れながら声の主達を覗き込んでみました。

 するとそこには、ホームレスの様な恰好をした2人の老人がいて、1人が角材を手に持ち、床にうずくまるもう1人の事をボッコボコに滅多打ちにしていたのです。

 殴られている方の人はもはや動きもせず、流血しているようでした。それを見た私達は、あまりの光景に震えあがってしまい――。

「うわ……」

 そう思った瞬間、私達の持っていた懐中電灯の明かりが2人の方向に当たってしまったのです。しまった……と思っても時すでに遅し。角材を持っていた男性がこっちを振り向き、向かってきたのです――。

「ヤバイ!逃げなければ!」

 そう思っても、男はすぐそこに居るので逃げ切るのは難しく、とにかく走って渡り廊下を戻り、その先の物陰に身を潜めました。しかし直後には遮蔽物のすぐ向こうで――。

「ギシ……ギシ……」

 足音が聞こえるのです。手で口を押さえていかなる音も出さない様にタイミングを見計らって、足音が離れた所で1階に掛け降りましたが、こちらの足音も向こうに気付かれているので、すぐに追いかけてきます。

 そんな事を何度か繰り返した後、なんとか廃墟の外に脱出しましたが、ここは隠れられる物陰など一切無い開けた場所。一か八か生い茂る茂みに身を隠すように這いつくばり、石になったかのように身を固めました。

 やはりすぐに男が追いかけて来て――。

「おい!ここにおるのは分かってるぞ!」

 そんな怒号を上げながら、ザッ!ザッ!と、手に持った角材で茂みの草を薙ぎ払い始めました――。

 あれからどれくらい経ったでしょうか。おそらく軽く3時間は経っていたと思います。その間2人とも息を殺してピクリとも動かず、耐えに耐えました。敷地面積が広い事もあって、なんとか見つからずにやり過ごせていたのです。

 ようやく男は諦めてくれたのか、遂に足音が建物の方へと戻って行ったのです。

 この時を待っていました。今しかないと思った私達は、バッと立ち上がると全速力でバイクまで走りだしました。しかしその瞬間、後ろの方から――。

「待てこらぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 男の声がこだましました。ドタドタと激しい足音も聞こえてきます。私達は振り返る事もせずひたすら走り抜き、私はバイクに跨るとすぐさまセルでエンジン点火。しかし友人のバイクはキックスターターのみのバイクだったので、半ばパニック状態でキックがパカッと開かずにもたついていました――。

「あかん!エンジン掛けられへん!」

「なんでもええからはよせいって!」

 そんなこんなでワチャワチャしながらも、なんとかエンジンを掛ける事が出来、私達は一目散に逃げ出しました。走り出してからミラーを見てみると、そこにはもう男の姿は見えませんでした。

 あの男が人を滅多打ちにする姿は、今でも脳裏に焼き付いて離れません。あれ以降私は、廃墟には怖くて行けなくなってしまいました。

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